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牡丹燈籠

実はいつか時代物を書きたいと思ってまして、そういう小説なんかもボチボチ読んだりしておりますのですが、三遊亭円朝師匠の牡丹燈籠に出てくるお米さんのことがすごく気になっています。

牡丹燈籠といえば美人の幽霊がカランコロンと下駄をならしてやってくるシーンが有名です。美人の幽霊の名はお露、その傍らで、牡丹をあしらった灯篭を携えているのが、付き人のお米さんの霊です。

霊、ということは死んだということですから、死因というものがあります。お露の死因は「恋煩い」ということになっています。萩原新三郎という美男に一目惚れ、しかし会うことかなわず食事はのどを通らず日に日にやせ衰えついには死んでしまう。現代では考え難いことですが、昔のことですから恋路にも家の掟やら縛りやら障害も多かったのでしょう。百歩ゆずって、お露の死因についてはそういうこともあったのだろうと納得することにします。

納得できないのはお米の死因です。若林柑蔵氏の速記による原典には、お露とお米の墓のある寺の僧のセリフのなかに、ひとことこうあるだけです。

「あれはその娘のお附の女中でこれも引続き看病疲れで死去いたしたから、一緒に葬られたので。」


これだけ。お米さんははじめは生きた人間として登場し、霊になってからお露以上に活躍するのに、文庫本一冊にわたる物語のなかでその死因について語られるのは上の部分だけなのでス。プックン気になっているのはここです。看病疲れで死ぬって何なんでしょうか。お露とお米は二人暮しですから、疲れて死ぬだなんてちょっと考え難いプックンであります。

血縁やそれ以外の縁など人間関係の描写が非常にリアルで細かい「牡丹燈籠」ですが、どうも読んでいくと死については扱いが軽いようです。昔は今よりも人が簡単に死んだ、死という物が身近で日常的なことだった、という背景があるのかもしれませんが、そのへんのニュアンスは今のプックンにはちょっとわからんです。

もう一つ、岩波文庫版の奥野信太郎氏による解説で、牡丹燈籠の元になった中国の明の時代のお話「牡丹燈記」について触れています。それによると、牡丹燈記にもお露の付き人にあたるキャラクターが出てきますが、元々人間ではなく人形の霊として登場するようです。三遊亭円朝師匠は話にリアリズムをもたせるため人形の霊を人間として描いた、しかしその死因までは頭が回らなかった(もしくはどうでもよかった)のかな、というのがプックンの解釈です。

しかし…やっぱりいまひとつ納得いかない。プックンこういう細かい辻褄が気になってしまう性質で、そのせいでときどきエンターテイメント作品を心から楽しめないことがあります。

テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

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