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Cogito, ergo, sum

鳥久保咲人氏の『Cogito, ergo, sum』は先日の第十回文学フリマで買ったのだが、これは面白かった。この薄くて小さな本は小さな旅行の行き帰りで読むのに丁度いいし、混雑した通勤電車で読むにはもっとぴったりだ。なぜならば、この小説は新社会人をテーマにしているからだ。

新社会人…私はこの陳腐な表現に我慢がならない。なんかもっとしっくりくる表現はないのかね。しかし我々は、このありふれたテーマに対して何らかの名前を与えなければならない。だからここでは仮に、新社会人小説と呼ぶ。これから社会人になる人、またはなったばかりの人の視点で描いた小説のことだ。もっといい呼び方を知っているひとはぜひ教えてほしい。

このテーマは基本的には現代が舞台であるし、作者があらかじめ持っている知識や経験を生かせることから、制作するための下調べが少なくて済み、同人作家向きだとも言える。これは同人作家が下調べをしないという批判で言っているのではなく、歴史もの、軍記もの、SFなど数々あるテーマのなかから、単に選択されやすいというだけのことである。書きやすいテーマというものは、あって然るべきだ。

というか私も書いている。『ピーピング・ダイアリー』という作品だ。それから以前、秋田しんのすけ氏の『龍屋の鍋』を紹介した際にも、『ピーピング・ダイアリー』に似ているということを書いた。いずれも、新社会人小説である。『Cogito, ergo, sum』を含めた3作品は、いずれも若くて未熟な人物を主観として選び、大人たちの社会を批判するという場面から始まる。サンプルが3作品というのは少なすぎる気もするが、まあそこは…。で、そっくりな書き出しの3作品であるにもかかわらず、それぞれが全く別の結末を向かえる、という点が非常に興味深い。ある意味、私小説ともとれるテーマであり、作品の中の主観が作者の主観に重なるからこそ、結末を重視するのかもしれない。

『Cogito, ergo, sum』は、以上に挙げた3作品のなかでも、特に劇的な展開を見せる作品である。私はこれを混雑した通勤電車で読み、脳が相当の刺激を受けた。そしてこれを読み終えた日は、すごく爽やかな気分で一日を終えられた。だから皆さんもちゃんと最後まで読むべきだ。

なぜわざわざ「ちゃんと最後まで読むべきだ」なんて書くのかというと、新社会人小説特有のジレンマを、この小説も抱えているからだ。それは序盤のつまらなさである。未熟な人物が主観で愚痴っていることを聞いてもつまらないのは当然だ。読者はどこかで聞きかじったような、うわべだけの批判を延々読まされ、地に足のつかない不安に胸を満たされるだろう。しかし演出上、主人公は大人というものを偶像的に見ていて、大人は最初から大人だと勘違いしているような足りないヤツでなくてはならない。ここが難しいところだ。これからこのテーマで書く人は、もっとうまくやるべきだ。私はもうやらかしてしまった。

なんだか読者にとっては役に立たないことばかりを書いてしまった。でも『Cogito, ergo, sum』が面白いことは確かなので是非読んでください。序盤の苦しみもないことはないですが、短いのですぐに乗り越えられます。そして読後には明日生きる力がみなぎります。

テーマ:同人小説 - ジャンル:小説・文学

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