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マトリョーシカの犬

第九回文学フリマで購入した同人誌『銀座線 第14号』に収録されている、石原惠子さんの『マトリョーシカの犬』という短編が素晴らしかった。表現のしかたをトコトンまで突き詰めていて、短い文章が驚くような広がりを見せてくれる。とくに会話文が秀逸で、セリフを書くのが苦手な私には参考書になり得るほどだ。例として以下に母とわたしの電話での会話から抜粋する。作中では母と私の最初の会話である。

「まだ寝てたのね」
 母だった。母は、わたしの声を聞くだけで寝起きかどうかわかるのだと、いつも得意そうに言っている。そんなこと自慢にしてどうするんだと思う。
「いま、何時?」
 訊きながら、わたしは壁の時計に目をやった。もう少しで九時になるところだ。
「もうすぐ九時よ」
 母が言い終わらないうちに、
「知ってる」
 不機嫌に答えた。

最初の「まだ寝てたのね」と、それに続く語り手(=わたし)の言葉で、読み手は寝起きの不機嫌さが感じ取ることができ、続く「いま、何時?」から、壁の時計に目をやった…の部分で、ひと波乱あることを予感させる。私が素晴らしいと思うのはその直後の会話だ。母のセリフ「もうすぐ九時よ」と、それに対する「知ってる」が、読んだ者のアタマの中できれいに重なって再生されるのだ。(されるよな?)

文章というのは一文字ずつ目で追うしかないので、二つの事象をリアルタイムで同時に発生させることは、原理的には不可能だ。しかし、読み手の想像力によって同時に起きたと思わせることは可能だ。簡単な例文を挙げると、

 携帯の着信音が鳴るのと、タクシーが動き出したのは同時だった。

この文を読みながら順にその場面を想像していくと、(1)携帯の着信音が鳴るシーン、(2)タクシーが動き出すシーン、(3)前記の(1)と(2)が同時に進行するシーン、の順にアタマの中で再生する。このように簡単に、二つの事象が同時進行する様子を表現することができるが、(1)と(2)を都合2回想像することになり、テンポとしては少々ヤボったい。少々変えて次の書き方にすれば、テンポを良くする事ができる。

 携帯の着信音が鳴ると同時に、タクシーが動き出した。

上の例では、(1)携帯の着信音が鳴るシーン が「同時に」によって待たされ、直後の(2)タクシーが動き出すシーン が追いついてくることによって、よりリアルタイムに近い同時進行の表現となっている。『マトリョーシカの犬』からの抜粋でもこれと同様の技法によって、母とわたしの発声のタイミングを重ねており、かつ「母が言い終わらないうちに」とすることによって、わたしが発声するタイミングのニュアンスまでも表現している。

加えて、読み手は前もって「ひと波乱ありそうな予感」を抱いており、「いま、何時」の問いかけに母が答えたら、わたしはきっと何か言うぞ、と構えて読むことになるので、わたしが「知ってる」と被せて言うシーンをイメージしやすい。

さらに補足すると、上の抜粋では残念ながら媒体の都合で横書きになっているが、同人誌はもちろん縦書きである。横書きにしてしまうと、人間の目は横方向に動き易く縦方向には動き難いと言われているので、

 母が言い終わらないうちに、

の行と

「知ってる」

は、おそらく完全に別々に読まれることになるだろう。ところが縦書きだと、上の行(縦書きでは右)を読む間に、下の行(縦書きでは左)が見えてしまっている。それも「知ってる」と非常に言い切りなので、なおさら効果的なのだ。

『マトリョーシカの犬』は、内容としては非常に主観的で内省的なので(この特徴は『銀座線 第14号』全体に通しても言える)、娯楽としては薄く、ともすれば読みにくくなる種類の作品だが、上記で抜粋したようなテンポの良い表現によって、読み手を惹きつける工夫がなされている。

他にも例に挙げたい部分がたくさんあるのだが、あまり書いてしまうと本編を読む楽しみがなくなってしまうので控えるが、もうひとつだけ挙げると、

「カズコ、おすわり」
 マトリョーシカの声だ。

冒頭の2行だが、不思議なことに、これだけで「マトリョーシカ」というのはおそらく中年女性につけたアダ名であろうと推測できてしまう。まず、「おすわり」と言っているので「カズコ」は犬だとわかり(タイトルからもわかるのだが)、かつ「カズコ」という純日本的な名前からおそらくファンタジー小説ではないこと、であれば「マトリョーシカ」はアダ名で、それも体型をあらわしている、であれば丸みのあって下腹部の出っ張った中年女性ではないか、と想像していくわけである。

こういう削ぎ落とした表現はとても好きだ。また、一石一夕でマネのできるモノではないと思う。

テーマ:同人小説 - ジャンル:小説・文学

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