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超S宣言

正確なタイトルは『宇宙時代の処世術ー(宇宙適)超S宣言』だ(長い)。森井聖大さんが書かれた本である。
http://nazehenshubu.blog38.fc2.com/blog-entry-736.html

↑の書影だとわからないが、第十八回文学フリマでは麻紐で縛った状態で配布されていた。紐をつかった装丁といえば鹿ソウルさんの本があった。こちらではページをとじるために用いており、正当な用法である。一方、『超S宣言』の場合は本自体を縛ってしまっており、紐をほどかないと読めなかったので、めんどくさい。

「Kというのは名前のイニシャルか?それとも夏目漱石のこころから?」
「きちがいのKよ」


文章を読み解くという行為には多少の忍耐が要るもので、この本の場合は、「S」が何を意味しているのか知るためにKが登場する場面まで読み進めなくてはならない。ちなみに僕自身はNである。僕が2011年の暮れにはじめた『文学フリマ非公式ガイドブック』という企画(最近タイトルが『文学フリマガイドブック』にかわった)は、とりあえず種を撒いておけば後の世の人がなんとかしてくれるだろうという魂胆のもとに立ち上げたものであり、超個人主義者たるSの発送としてはありえない。

『超S宣言』はS向けに書かれた文章ではあるのだが、Nの僕にもああわかるなあと思える部分も多々ある。以前つきあいのあった今おもえばSである人物は、社会的なことをあまり気にしないというか平日の昼間に電話をかけまくってくるので頭にきて付き合うのをやめたのであるが(Nは平日の昼間は勉強なり仕事なりで忙しいにきまっている)、一方でそいつは中々あたまがよく魅力的な企画を思いついたりする。そして、僕にその企画に参加しろというので面白そうだからやるぜという気持ちになるのだが、Sゆえなのか、そこから先はぱったりと企画が進行しない。3ヶ月後くらいにイメージイラストを1枚描いて、また何もしなくなったりとか、そんな感じなのである。何か思いついたふうなことを言うだけ言って何もしないヤツを見ると、僕はイライラするのだ。「コレコレこういう問題があるんですよネェ……」などと言い捨てて僕が解決するのを待っているやつなんかは金玉が腐って死ねばいいと思う。こういうことを思う自分は、まったくもってNなのだろう。

自分のことを色々かいたが、『超S宣言』の内容とは全然関係ない。『超S宣言』を乱暴に説明すると、森井聖大さんが自分のことを色々かいた本である。森井さんは面白い人なので、この本は面白いのだ。もし、つまらないヤツが自分のことを色々かいたとしたら、そんな文章はつまらないに決まっている。だから、つまらないヤツは小説を書くしかない。

それから、前作の『エロオナニスト宣言』もそうだったが、読んだあとで謎の活力がわいてくる。これは本当に不思議なのだが、よし、明日からもがんばろうという気になれるのだ。少なくとも、本作を読んだ誰ひとりとして、暗い気持ちにはなるまい。もしかすると、これがシャーマンの力なのかもしれない。
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通電少女

『通電少女』は
PRODUCED BY ノンポリ天皇
ということになっていて、ノンポリ天皇こと尾崎さんと15歳の女子3名により通電少女小説3本と漫画1本がのっている。

通電少女というのは何かというと、それは本の裏に書いてあるのだが
↓ここのいちばん下の画像
http://tsudengirl.jimdo.com/

それぞれの作品は、以下の設定で統一されているっぽい
・主人公は押置加奈、中学二年生
・父さんは外科医
・インターネットの通電少女募集をクリックして通電少女になる
・通電少女は悪い人におしおき(電気を流す)をする
・悪い人かどうかは自分の意志で決める

僕はこの本を最初から読んでいって、最初に掲載された小説、きりこ氏の『正しい電気の使い方』を読んで、こいつはマジでクレイジーだと思った。文学フリマで本をいろいろ買って読んでいくと、ときどきぶちあたるリアルクレイジー系である。安東洪児さんやストカストさん、それに尾崎さんが小説としてちゃんと意図したクレイジー系であるのに対し、文藝同人LOL 第10号に掲載された新家智実氏の『きよらなる海』などはリアルクレイジー系である。アンソロ本に対してこういうことを書くと怒られそうだが、それでも正直にいうと、きりこ氏の作品を前にすると、ほかの3作品は(尾崎さんの作品すら)霞んでみえる。

通電少女の設定で最も重要なのは「悪い人かどうかは自分の意志で決める」だと思う。『正しい電気の使い方』は字も大きいし短い作品だが、短いなかで悪ということに対する若い人間の葛藤と罪への転落がズバリと描かれている。さらに××(名前さえないクラスメイト)のディティールがいい仕事をしており、抜群のおもしろさである。××が真の主観というふうにも読める。

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熊コーヒー

第十八回文学フリマで、
有限会社0.1t (ゼロドットワンティ)さんが出展されていた
『熊コーヒー』を読んだ。

m-floの『One Sugar Dream』でバワリー・キッチンについて歌われたのは2000年のことで、ちょうどそのころはカフェブームだった。みんな、一杯のコーヒーを飲むために行列をつくっていた。それより昔には、生豆で1キロ5000円もするブルーマウンテンNo.1を飲んだことがなければ珈琲を語ることができない時代もあった。

一杯のコーヒーにこだわることで、どうしてそれで幸せになれるのかは謎であるが、『熊コーヒー』でこだわりの一杯を前にした二人は、確かに幸せそうである。読んだ僕のほうまで、柄にもなくこだわってみたくなるのだ。

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イカサレ(略称)

「イカサレ」は略称であって本当のタイトルは「私はあなたに触れたいという欲求が私はあなたに触れられないという禁則から逆説的に生まれていることを知ったとき、私はあなたに生かされていると感じる。」である。長い

http://ameblo.jp/rehabilog/entry-11665622537.html

本作は第十七回文学フリマで買ったのだが、表紙に卒塔婆をつかった攻撃を仕掛けようとしている女子が描かれていることから、文学フリマ的な作品だといえる。文学フリマの参加サークルの一部で卒塔婆が流行っているのだ。中身も、わかる人にはわかるネタが満載の、サービスいっぱいの作品だった。

山本さんの作品はいくつか読ませていただいたが、電子書籍版の「イムルダイ宣言 【エッセンシャル版】」と「少女○○して ここより先、春。」に出てくる秋山クレハという女子のキャラクターが好きで(僕の中では、柄の悪い涼宮ハルヒみたいなキャラということになっている)、本作「イカサレ」も女子が主役ということで、なんか山本さんは女子が主役の作品がイイ感じのような気がしているが、どんなもんでしょうか。

一方、相変わらずのダジャレ満載、面白さ満点の言い回しであふれた作品であるが、すこしそこに頼りすぎの感じもしないでもない。例の長いタイトルであるが、最終的に物語がそのタイトルに到達しているかというと、微妙だと思う。ノリが良すぎて核心の部分を乗り過ごしている気がする。

とかなんとかいろいろあるが、川原明日架はいいキャラである。

「はあ? なにを女の腐ったようなことぬかしとんねん。乳、揉まんかい」

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世界再生の書物と一つの楽園

「世界再生の書物と一つの楽園」文庫版を第十七回文学フリマで買って、もう読んだ。面白かった。
http://unjyou.jimdo.com/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%9B%B8%E7%89%A9%E3%81%A8%E4%B8%80%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%A5%BD%E5%9C%92/

気に入らなかった小説について語るとき、よく「説明が長い」みたいなことを言う。舞台設定とかキャラクター設定とかの説明がクドクド続くのはよくない、という言葉の裏には、「そんなことより話の本筋を読みたい」という欲求がある。

「世界再生の書物と一つの楽園」の4ページ目には、登場人物の名前が列挙してある。その数、22名。

そして本作の舞台は、現実世界ではないどこかであり、その世界で人間はそれぞれ一つずつ、特殊能力を持っている。この一冊の文庫本を読み進めていき、特殊能力の設定に行き当たったとき、我々は気が付く。

「22人のキャラ設定を説明するだけで、一冊終わるんじゃね?」

その予感は正しい。22名が出揃ったところで、本作はほぼ終わる。

もちろん、キャラクター設定だけでは、説明は足りない。「現実世界ではないどこか」が舞台なのだから、舞台についての説明もあるし、その世界の成り立ちも結構複雑である。巻末には138億年前(!)から西暦3333年に至るまでの年表が記載されている。

「説明が長い」「そんなことより話の本筋を読みたい」に対し、本作は、説明自体が本筋なのである。

この小説の面白さを、読んでいない人に説明するのは難しい。例えばキャラクターが一つずつ持っている特殊能力であるが、はっきりいって作中ではほとんど生かされていない。にもかかわらず、「なんかすごそう」という説明だけでドキドキさせられる。

僕はあまり例え話が好きではないのだが、「ジャイアントロボ 地球の燃え尽きる日」というアニメ作品では、静かなる中条という怪しいおっさんが「ビッグ・バン・パンチ」というなんかすごそうな技を使えることになっている。ところが、作中で結局1回も使わない。(準備運動まではする)それでも、「静かなる中条は本気出すとスゴい」という、いわばハッタリによって最後まで存在感を保つのであるが、

「世界再生の書物と一つの楽園」においては、大半のキャラクターが、静かなる中条みたいな感じである。なんか凄そうな奴らが、お互いの出かたを読みながら抜刀の機会を伺い続けるうちに、いつの間にか勝敗は決しているのだ。

……これで、面白さが伝わっただろうか。(たぶん伝わってない)とにかく読んでみたらいいと思う。電子書籍版も出ています。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00GJR2NJO

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灰とリコと欺瞞の唇

シリーズ第三話となる「灰とリコと欺瞞の唇」はタトホン08(2013/10/6)に委託で入手したのである。
http://touta25.blog7.fc2.com/blog-entry-373.html

この間の第十七回文学フリマの当時までに読み終えたのだが、(第四話が出る予定だったので。実際出た。)

2011年の6月に、僕は第一話である「灰とリコと導きの歌」の紹介として、こんなことを書いた。

温泉町の外注メイドと、彼女たちの館を訪れた物乞いの女の子、それに住人たちの交流を描いた本作は、町に灰の降る美しいシーンからはじまる。緊張感とかわいらしさが調和する、ちょっと不思議だったりもする物語である。


http://0tas.blog118.fc2.com/blog-entry-311.html
しかし、第四話である「欺瞞の唇」を読んだ僕は、第一話は、あくまで第一話でしかなかったことを思い知らされた。以下は第四話の冒頭からの引用である。

ベッドの周りに散らばるのは下着、コルセット、ストッキング、黒のワンピース、白のカフス、ヘッドドレス、エプロン。エプロンの片隅にひっそりと咲くのはカスミ草。フローレンツ家のメイド服。


過去の遺恨が徐々に暴かれ、おっさんたちは暗躍し、異能バトルの様相を呈しはじめ、神様みたいな存在まであらわれる。物語は異様なまでに盛り上がり、そして、一話あたり文庫本一冊くらいのボリューム全五話中の、これでまだ第三話なのである。はっきり言って面白すぎる。このさき大丈夫なのか。

第一話を読んだくらいで滅多なことは書かないほうがいいと思い知った僕だが、これだけはいえる。本シリーズは、近い将来の完結にむけて、いま最も注目すべき小説のひとつである。おまえらタイムラインばっか眺めていないで、あとで「ああ、あの人ね。むかし同人でやってた頃に読んだなあ。」とかほざく準備をしておくべきだ。

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美に沿う形(DAISY CHAIN vol.12より)

DAISY CHAIN vol.12の掲載作品『美に沿う形』、美術を題材にした中編小説で著者は瑞穂はじめ、とあるが、これはたぶん羽岡元さんの作品である。なぜそう思うかというと、男と、女と、鬱屈した男が描かれているからだ。前作の『レミングの日』にはちょっと不満があったが、本作はとても楽しく読めた。読み進めるのを止められなくて、ミスドでコーヒーを2回もおかわりしたくらいだ。(僕は一日にコーヒーを3杯以上飲むと具合が悪くなる。)これは僕が勝手に思っていることだが、作家というものは一生同じことを書き続ける。したがって、『美に沿う形』の作中でも語られているように、何を書くかがとても重要なのである。美術とそれに向き合う人々は、羽岡さんが書くべき対象なのだろう。

http://www.mogra.co.jp/daisy/
(DAISY CHAIN vol.12の情報はのってない…)

僕は美術とかわからないし、何かに真剣にうちこむ学生の姿を見たことがないので(僕が歩んできた人生に問題があるのだ)、本作で描かれているあらゆるものは新鮮で、すごく細かいところまで書いてくださっているので美大の学生たちにまじっているみたいな気持ちになれた。僕は平野という人物が好きだった。彼は真面目で、美術というものに正面から向き合っていた。彼の目線で描かれるものは、絵画であり、石膏像であり、モデルとしての人物であり、画材であった。実直で、素直で、生活力に乏しく、きれいな女に声をかけられればコロッといってしまう彼に、長期的な利益ばかりを考え、生活力に長けた、表面的には実直に見せかけた善くない人間たちが抱くのは、ファンタジー的な好意なのかもしれない(我ながら変な表現だが)。絵画のことばかり考えている彼と一緒の時間は、楽しくてあっという間に過ぎていった。

一方でトビオという人物は、ひねくれていてあんまり好きではなかった。彼が優先するのは全体の中の自分の利益であり、まるで美術がその手段みたいに扱われていた。彼の目線で描かれるのは、美術の世界の構造と、そこに身をおく人間たちなのであった。彼の意識はルサンチマンとうぬぼれにまみれていて、そのうえ無自覚だ。一方で、そんな彼があるいみ極限状態で発した、たったひとことの正直な言葉が、もっとも美しいものとして描かれているというのは、皮肉っぽくもあるし、本当に光り輝くものとはそんなものかもしれないな、とも思える。本作において、平野の目線で描かれる美術としての(あるいは定言的な)美術と、トビオの目線で描かれる美術の構造を俯瞰した世界とは完全に分断しているのだが、最終的にはトビオの価値観が全てを覆いつくす。まるでディストピアだった。先に書いたように僕は美術とかわからないが、ラストは何か寂しい感じがした。

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リストランテ・ミラージュ

第十六回文学フリマin大阪で買った、リナリア舎 楡礼鏡子さんの『リストランテ・ミラージュ』を読んだのだが、これはいい話だった。

http://linariasha.cart.fc2.com/ca1/1/p-r-s/

『リストランテ・ミラージュ』は、ジャンルとしてはミステリー小説となっているが、殺伐とした事件は起こらない。せいぜい、割れもので手を切ってしまう程度である。だけど、ミステリーを読む楽しみはちゃんとある。

僕はレストランの椅子に座って、そこから一歩も動かずに、二百年前の過去から、三百年後の未来へと一緒に旅をした。何気ない嘘や、消化しきれない出来事には、いつも秘密が隠されていたんだけど、鈍感すぎていつも見逃してしまった。大切なことに気付かない僕らのために、優しい誰かが練金術をつかって、ちょうど割れた鏡が再び組み合わさるように、もう一度だけ見せてくれたのだった。

B6判1段組80p、ひとによっては一息で読み終えるくらい。

それから、この本は装丁がかっこいい。こちらのデザイナーさんが担当されたそうです。この分量で650円だと少々割高感があるけど、この装丁なら買うなあと思う。たぶん、白地にタイトルが書いてあるだけみたいな装丁だったら、買っていなかった。装丁は大事である。(電子書籍って、そのへんどうなんでしょうね…。)

話が逸れるが、B6判ってかっこいい。僕はこのごろ文章系の同人誌によくあるA5判にやぼったさを感じていて、それで新書判をよく使っているんだけど、字数があまり入らず単価が上がってしまうという難点がある。B6判いいなあ。マネしたい。

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灰とリコと暗夜の指輪(下)

『灰とリコと暗夜の指輪(下)』は蜂蜜ワルツさんの灰リコシリーズの最新刊で、去年の11月の文学フリマで買った。同シリーズは全5巻ということだが、こちらは上下巻のセットで1巻ぶんの扱いだそうである。僕はこのシリーズを1巻から読んでいる。

『灰とリコと暗夜の指輪(上)』
『灰とリコと暗夜の指輪(下)』

灰降りの町サンドリヨンを舞台とした、雰囲気的には十九世紀くらいのお話で、フローレンツ家に住み込みで働く外注メイドたちが主役である。1巻は館に突然あらわれた物乞いの女の子、リコと、フローレンツ家では一番歳の若いアンジェリカが話の中心の、出会いと驚きに満ちたお話だった。一方でこの2巻はベテラン組のみなさんと、上巻から登場する元メイドのヘルガが中心に描かれ、メイドたちそれぞれの過去が絡みあう、複雑でドラマチックな展開となっている。

身分の差が色濃く残る混沌とした時代、現在の僕らをとりまく状況とはまったく違っていても、表情豊かに描かれた彼女たちは生き生きとしていて、ヘルガがんばれ! とかエールをおくりたくなる。ヘルガはとてもいい子で、女子力も高い。ヘルガに陰口をたたくババアどもは俺が許さん。ドレスの型とか、メイドの扱われ方とか、ちょっとしたことの描き方に説得力があって、登場人物の感じかたとかストレスとかがよく伝わってくる。1冊の三分の二くらいをつかって、一晩のできことが書かれているのだ。神は細部にやどる、とはこの作品のことをいうんだと思う。

リコやアンジェリカ、それに年長のマリエッタといった、他のメイドたちのちょっと挿話もいい。リコの「木の股」のエピソードには彼女の生い立ちの特異さを思い出させる感慨深さがあったし、「飴」の話は絶妙なフラグのたちかたでヤバい。全5巻を見通した構成なんだろうな。続きが楽しみだ。

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花泥棒と秘密の猿たち

僕がどう言おうと、あるいは何も言わなくても、栗山真太朗氏の小説は飛ぶがごとく売れるようになるだろう。例えば新しい音楽の様式が受け入れられていくように。まだ読んでいない人に対して、僕が真に言うべきことは2つしかない。1つは、読むべきだということ。もう1つは、彼はロジックよりもビートを重んじる作家だということだ。

まったくもって今さらの話ではあるのだが、文学フリマ非公式ガイドブックに彼の『川町奇譚』を掲載しようという流れになったとき、僕は内心、次の作品を待つべきではないかと考えていた。理由はその小説から、プロットの無駄にも思える複雑さと、冗長さを感じたからだ。この作家であれば次はもっと洗練された作品を打ち出してくるに違いないと予想した。

2012年11月に発行された彼の新作『花泥棒と秘密の猿たち』を読んで、僕の予想が、ある意味では正しく、ある意味では間違っていたことを知った。プロットはより複雑で、ムチャクチャで、振り回されっぱなし。寄り道ばかりで冗長もいいところだったが、読み終えると同時に僕は、その複雑さと冗長さこそが、彼の作品の本質であることを理解した。本質のみを鋭く削り出したという意味で、それは前作を超えて洗練された作品だった。彼が作品を通して描くのはグルーヴであり、息づかいそのものである。

http://gold-dust-digging.blogspot.jp/

ところで、これは全くの余談だが、本作と僕がこのあいだ発表した小説には、ちょっとした共通点がある。

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